ビザーマジシャンの記録

マジシャンの日常を嘘偽りなく記録するブログ

テーブルホッピングの流れ

わたしはテーブルホッピングの名人というわけではないのでそんなに偉そうなことは言えないのだが、ホッピングする時は以下のように心がけている。お役に立てれば幸いである。

まず、演技の基礎的な流れを記載する。

①テーブルに入り、無料でマジックのサービスをしているという旨を伝える。自分の名を言って、そのテーブルの中心人物っぽい人に、この場で演じても良いか許可を得る。

ここはかなり重要な部分である。変な奴だと警戒されてはいけない。ここで殊更にマジシャンらしいキャラを作る必要はない。ふつうに真面目に許可を得るべきだ(最初に自分の名前をいうのは覚えてもらうためでなく、相手を安心させるためである)。

持論であるが、まず『無料のサービス』であると伝えた方が良い。とにかくマジックを見てもらえる環境を作るのが先決である。無料のスマホゲーと同じでとにかく体験させることが、その後につながる。最初から拒絶されてはその可能性すら摘むことになる。

そもそもチップというのは基本的に観客の好意であることをマジシャンは忘れてはならない。チップがもらえたもらえなかったで一喜一憂していると気持ちが揺らいで演技に支障が出るし、やってられなくなる。だからもらえた時は素直に観客に感謝し、もらえなくとも案ずる必要はない。チップのことで余計なことを考えなくて良い。とにかく全力で演技に注力すべきだ。その方が楽しい。

ちなみにこの挨拶の段階で「今、大事な話をしてるから」と断られることがある。それでも、とりあえず「1分で終わるので、ぜひ」と一応言ってみることだ。このひと押しで見てもらえることも度々ある。しかしそれでも断られた時は、大変失礼しましたと言って素直に引き下がるのが賢明だ。

ちなみに、稀に「そんなもん見たくねえ!」と頭ごなしに言われることもあるが、それでも動じることなく「また機会があれば是非よろしくお願いします」と『努めてにこやか』に微笑んで頭を下げることだ。それによって自身の気持ちもコントロールできる。

②一目で何が起こったか分かる現象をオープニングで演じる。

わたしはファイヤワレットかフラッシュペーパーを使ったコインプロダクションを演じている。火は効果的である。

重要なことはオープニングでカバンをゴソゴソして手間取ってはならないことだ。これは絶対だ。演技の許可がもらえたら、マジシャンとしての自分に切り替え、空気を作り、颯爽と派手な現象を起こす。これはとても重要である。「えーっとえーっと」なんてやってると興ざめだ。だから席に入る前にすぐに演技できる体制に入っていなければならない。

③次は流れを止めてはいけない。そのため②で使った道具と繋がりのある手順を演じた方が良い。わたしはファイヤワレットからエクストリームバーンを出して演じている。フラッシュペーパーでコインを出した場合はそれでインパクトのある演技をする。

この時点では小難しいマジックはまだしない方が良い。もし、この時点でコインをするのならギミックを使った方が良いと思う。コインマジックというのは常に「反対の手が怪しい」「どこかに隠している」と思われるものである。そして、そう思われてしまった時点でアウトである。少しでも怪しいと思われたら、それはタネがバレたことと同義である。よって自分が思っている以上に『完璧』な現象が求められる。観客の体制が整っていないこの時点でコインマジックをする時は、心して演技するべきだ。

④さあ、ここでとりあえず一区切りつけて別の流れを作る。③までに観客がマジシャンに興味を抱いてくれている(信頼関係が築けている)ので、少し間があっても大丈夫だし、テクニック系のシビアなものでも喜んでくれるはずだ。この時点までくればちょっと指の隙間からコインがチラ見しても、観客はそのマジシャンの手技を評価してくれるだろう。

③の時点でチラ見するのは御法度だが、④の時点ではおそらく多少のミスも受け入れてくれるはずだ。

マジックというのは、観客との信頼関係の上に成り立っている演芸なのである。

だからここまでくればやりたいマジックをやって良いと思う。アンビシャス、トライアンフ、連続のクラシックフォース、チンカチンク、コインアセンブリ、その他ミスディレクションを多用するマジック。マジックの醍醐味を体験できるネタを演じることが多い。

⑤そしてクライマックス。④でカードをつかったならオムニデックとか、デックの上にフラペで包んだコインを乗せて火をつけて穴が空いて落ちるやつとか。コインならマンモスコインを出すとか。

とにかくラストは冒頭と同じく派手な現象をやる。ちなみにわたしはチョップカップを演じる場合が多い。こういう「え、いつのまに?」系のマジックはだいたいのお客様が喜んでくれる。

以上が一連の流れである。
あ、そうそう。ホッピングしてると宴会のような卓でやらねばならぬ場合があるので、サロンっぽいマジックも二つくらい用意しとくといい。まあ、なんだろう。例えばペンシルバルーンを飲み込むとか。

と、こうしてホッピングのルーティンを書いたけれど、書いてて本当に面白くない。演じてても全然面白くない。もうなにもかも面白くない。
わたしがやりたいのは、サービス業じゃない。
わたしの真にやりたいことは、人々を地獄に落とすことだ。

 

10月某日、新橋にて。

テーブルホッピングというのは、テーブルの上をビョンビョン飛び跳ねて遊ぶことではない。

レストランや居酒屋などのテーブルを回って手品をすることである。

わたしはここ数年、企業の犬(しかも仕事のできない犬)に成り果てて、あまりテーブルホッピングをしていなかったのだが、この度、精神的にも疲れ果てて、あらゆる社会性を投げ捨ててしまった。

このまま世捨て人になって死に果てようと思ったのだけれど、人間というのはなかなか死ねないものだと気づいた。暇を持て余していると腹が減り、シュークリームが食べたいなどと思ってしまうのだ。社会性を捨ててからというもの、わたしはずっとベッドのなかでネットフリックスばかり見ていたわけだけれども、そんな貴族的な生活ばかりしているのもどうかと思うので、先輩のマジシャンから頂いた依頼を受けて、再びマジックをやらせてもらうことにした。

この日は新橋であった。カラオケが入っているお店である。

しかしカラオケ店でのホッピングというのは地獄のようである。

今まで何度かやらせてもらっているが、カラオケでマジックをやるというのは結構しんどい。何がしんどいって、部屋に入るタイミングを探るのがしんどい。うかうかしてると次の歌に入ってしまい、挨拶すらできない。いつぞやなんかはお客さんと一緒に歌いながらペンシルバルーンを飲み込む手品をするというカオスな状況に陥ったことがあった。

このような経験から、わたしはテーブルホップというのはもはやマジックの技術などは関係ないと思った。いかに、お客さんの懐に潜り込むかが最も重要なことだと痛感した。

お客様の懐に潜り込む。これはわたしの最も苦手とするところである。

ところで、テーブルホッピングの仕事というのは回るテーブル数が多いので演技が終わったらすぐに次のテーブルにいけるような構成にしておかないと間に合わなくなる。よって、自ずと演じるマジックも限られてくる。

そのなかで自分のやりたいことをやるというのはかなり過酷だ。とはいうものの、人前で演じる回数は多くなるので、マジックの見せ方については良い練習にはなる。

ただ、こうして習得した演技でお客さんからのウケを獲得できるようになると、あたらしいことをやることが怖くなってくるのだ。テーブルホッピングというのは、手品を見たいお客さんに見せるわけではない。そもそも飯を食うのが目的でお店に来た人が大半である。そういう人たちのテーブルに割り込んで手品をして、ここでちょっとでもタネがチラ見するとお客さんの気持ちが一気に萎えるのである。すると、次にどんなに不思議なことをやってももう驚いてくれない。となるとこれはもうギャグネタか完璧なギミックなどに頼るしかない。

こうしてわたしなどはテクニック的なマジックが一切できなくなってしまった(もとよりたいしてできなかったが)。

テーブルホッピングに特化すると演じる内容が単発ネタ、ギミック系、お笑いネタに偏る。というのも、だいたい5分以内で演技を終了しなければいけないからだ。この短い時間で観客を満足させるとなると、重要となるのが「観客とのコミニュケーション」「インパクトがあるネタ」「わかりやすいネタ」「タネがバレる余地のないネタ」に限られる。こうしてわたしはテクニック系の演技はほぼ演じなくなり、ギミックや、大雑把なミスディレクションなど、演技の内容が大きく偏ってしまったわけである。わたしなどはまだホッパーとしても未熟だが、それでもこれに慣れてしまい、すでに固いものが食えなくなり、いずれは歯がポッキリいってしまうのではないかという恐怖に怯えるようになっている。

これではいかん。そういうわけで、わたしは今度はホッピングだろうと何だろうと、マジックとして旨味のあるルーティンを模索してビビらずに演じてみようと思うのだけれども、やっぱこえーよ。リスクを冒すのが怖くてたまらない。そういうのはまた今度。もっと練習してからにしよう。と、結局、「絶対にウケる鉄板マジック!」みたいなクソつまらん演技になってしまう。

本当はレイズライズとかシルベスターピッチとかやりたいのに!

っーか、やるよ。明日早速。