ビザーマジシャンの記録

マジシャンの日常を嘘偽りなく記録するブログ

10月某日、新橋にて。

テーブルホッピングというのは、テーブルの上をビョンビョン飛び跳ねて遊ぶことではない。

レストランや居酒屋などのテーブルを回って手品をすることである。

わたしはここ数年、企業の犬(しかも仕事のできない犬)に成り果てて、あまりテーブルホッピングをしていなかったのだが、この度、精神的にも疲れ果てて、あらゆる社会性を投げ捨ててしまった。

このまま世捨て人になって死に果てようと思ったのだけれど、人間というのはなかなか死ねないものだと気づいた。暇を持て余していると腹が減り、シュークリームが食べたいなどと思ってしまうのだ。社会性を捨ててからというもの、わたしはずっとベッドのなかでネットフリックスばかり見ていたわけだけれども、そんな貴族的な生活ばかりしているのもどうかと思うので、先輩のマジシャンから頂いた依頼を受けて、再びマジックをやらせてもらうことにした。

この日は新橋であった。カラオケが入っているお店である。

しかしカラオケ店でのホッピングというのは地獄のようである。

今まで何度かやらせてもらっているが、カラオケでマジックをやるというのは結構しんどい。何がしんどいって、部屋に入るタイミングを探るのがしんどい。うかうかしてると次の歌に入ってしまい、挨拶すらできない。いつぞやなんかはお客さんと一緒に歌いながらペンシルバルーンを飲み込む手品をするというカオスな状況に陥ったことがあった。

このような経験から、わたしはテーブルホップというのはもはやマジックの技術などは関係ないと思った。いかに、お客さんの懐に潜り込むかが最も重要なことだと痛感した。

お客様の懐に潜り込む。これはわたしの最も苦手とするところである。

ところで、テーブルホッピングの仕事というのは回るテーブル数が多いので演技が終わったらすぐに次のテーブルにいけるような構成にしておかないと間に合わなくなる。よって、自ずと演じるマジックも限られてくる。

そのなかで自分のやりたいことをやるというのはかなり過酷だ。とはいうものの、人前で演じる回数は多くなるので、マジックの見せ方については良い練習にはなる。

ただ、こうして習得した演技でお客さんからのウケを獲得できるようになると、あたらしいことをやることが怖くなってくるのだ。テーブルホッピングというのは、手品を見たいお客さんに見せるわけではない。そもそも飯を食うのが目的でお店に来た人が大半である。そういう人たちのテーブルに割り込んで手品をして、ここでちょっとでもタネがチラ見するとお客さんの気持ちが一気に萎えるのである。すると、次にどんなに不思議なことをやってももう驚いてくれない。となるとこれはもうギャグネタか完璧なギミックなどに頼るしかない。

こうしてわたしなどはテクニック的なマジックが一切できなくなってしまった(もとよりたいしてできなかったが)。

テーブルホッピングに特化すると演じる内容が単発ネタ、ギミック系、お笑いネタに偏る。というのも、だいたい5分以内で演技を終了しなければいけないからだ。この短い時間で観客を満足させるとなると、重要となるのが「観客とのコミニュケーション」「インパクトがあるネタ」「わかりやすいネタ」「タネがバレる余地のないネタ」に限られる。こうしてわたしはテクニック系の演技はほぼ演じなくなり、ギミックや、大雑把なミスディレクションなど、演技の内容が大きく偏ってしまったわけである。わたしなどはまだホッパーとしても未熟だが、それでもこれに慣れてしまい、すでに固いものが食えなくなり、いずれは歯がポッキリいってしまうのではないかという恐怖に怯えるようになっている。

これではいかん。そういうわけで、わたしは今度はホッピングだろうと何だろうと、マジックとして旨味のあるルーティンを模索してビビらずに演じてみようと思うのだけれども、やっぱこえーよ。リスクを冒すのが怖くてたまらない。そういうのはまた今度。もっと練習してからにしよう。と、結局、「絶対にウケる鉄板マジック!」みたいなクソつまらん演技になってしまう。

本当はレイズライズとかシルベスターピッチとかやりたいのに!

っーか、やるよ。明日早速。